伽羅の需要

六月の別名は「水無月」。

香道志野流の先代家元・蜂谷宗由宗匠が、『月刊京都』に一年間にわたって毎月連載していた「香道の心得」<水無月>編は、練香や六十一種名香についてのものでした。

香木に銘を付ける事、六国(伽羅・羅国・真南蛮・真南賀・寸門多羅・佐曽羅)の分類と五味(甘・酸・辛・苦・鹹)の判定、上下の品等付けなどは、家元の重要な作業の一つであると記してありますが、香木の判定は最終的には家元の嗅覚による経験的な方法によることを原則とするそうです。

そういえば、ネットTV「ホウドウキョク」でも、若宗匠が同じような事を云っていた覚えがあります。

文中に、伽羅についての記述がありました。以下に引用します。
「江戸時代のことだが、輸入される薬種の鑑定と価格の交渉には薬種目利という専門の役人が当った。中でも伽羅は、当時、需要の高いこともあったが、質によっては価格が非常に違い、判別にも特殊な技術を必要とするから特別扱いされたようで、薬種目利の中に伽羅目利という香木に精通した役人がいて鑑定していた。この役人に香道を修得した者がいたといわれているのもうなづける。」

昔から、香木、特に伽羅の需要は高かったようです。

貿易船が長崎に運んできた香木を巡っては、上質の伽羅を手に入れようと大名が争った話が森鴎外の短編小説『興津弥五右衛門の遺書』にも書かれていて、一木三銘とも一木四銘とも云われる逸話が伝わっています。
また、徳川家康は希代の香木蒐集家であり、尾張徳川家には駿府御分物として大量の香木が伝わり、今でも徳川美術館に収蔵されています。

聞香には何種類かの香木が必要とされますが、その中には伽羅も当然含まれることになります。
伽羅の需要は、近年特に高まっていて、それに比例して?お値段は右肩上がりのようです。
どうやら、香木も経済発展の対象になっているかのようです。

ある香老舗では、銘をつけた伽羅が1g当り約5万円で販売されていました。(尤も、5分の1ほどの単位で販売されていますが…)
また、4月10日付けのブログに記しましたが、家元の極がある銘「さくら狩」(伽羅、甘鹹辛、中々)は1g当り約3万5千円で落札されています。

これからも、上がる事はあっても下がる事はなさそうです。

ますます、一般庶民には縁遠い存在になっていきそうです…。

【追記】徳川美術館所蔵の一木四銘です。

i一木四銘

一木四銘(柴船、白菊、初音、蘭)-上の並び順-
柴船 42.0g(しばふね)
白菊 13.9g(しらぎく)
初音 14.6g(はつね)
蘭  10.8g(ふじばかま)
出典:徳川美術館『香の文化』(平成8年)

上記図録の香木解説を引用します。
「もとは一本の伽羅で、これを分与して各々に銘が付けられたといわれる。この四種の香木を「一木四銘」、「蘭」は後水尾天皇の勅銘香であるので、除いて「一木三銘」ともいわれる。三銘の命名者、所有者については諸説がある。空華庵の「香会余談」には「初音」が細川三斎、「白菊」が小堀遠州、「柴船」が伊達正宗所持とある。」
(注)空華庵忍鎧(くうげあん にんがい)江戸中期の天台宗の僧。