『山上宗二記』の蘭奢待

安土桃山時代に、堺の豪商であり茶人でもあった山上宗二(やまのうえそうじ)が書き遺した『山上宗二記』に、「十炷の香ならびに追加の六種」として、計十六の名香について木所や謂れが記されています。

山上宗二(1544~1590)は、天正18年に小田原の陣で秀吉の怒りに触れ、鼻と耳をそがれて亡くなったと云われている人物です。

熊倉功夫校注『山上宗二記』(岩波文庫)には以下の記述があります。

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十炷の香ならびに追加の六種

一、太子 是は木所栴檀なり。その木の内の沈なる所を太子という。和州法隆寺の宝なるによりて太子と名を付くる。

一、東大寺 木所迦羅。天下無双の名香なり。公方様一代に一度、奈良御社参の時、一寸四方切らせらるるなり。信長公の御時、拙子式も参り候。(注:蘭奢待の文字の中に東大寺の文字が隠されている)

一、逍遥 是は木所蘭奢待川目という古説あり。川逍遥という心か。

一、三吉野 木処東大寺の白みという古説あり。

一、中川 木所まなばんという説あり。

一、古木 木所羅国。その内の沈なる所なり。

一、紅塵 木所迦羅。東大寺に等しき名香なり。ただし、香の匂い、ふりは各別の事なり。

一、花橘 木処まなか。中川、花橘事、まなばん、まなかの香として十種の内へ入る事。不思議なる名香なり。

一、八橋 木処羅国なり。古木と又ふりの替りたる面白き名香なり。

一、法花経 木所迦羅なり。旧説にいわく、一分を八貫の代に定むるに付きて法花経と異名を付くる。ただし、当時この説用いずとなり。
香の一儀、条々悉く口伝あり。以上。(注:香木の重量一分=0.375gの価格が八貫にあたるところから、法華経八巻にかけて、この名が付いた)

また追加の六種

一、園城寺 木所迦羅。東大寺に双びたる香なれば、園城寺と付くる。

一、似 木処迦羅なり。一段の名香なり。この香焼きだし常の迦羅なり。中程より後、蘭奢待の様にたち候とて、扨て似たりというなり。

一、面影 木所迦羅なり。東大寺の面影の様なる名香なり。かえしに成りて思い所あり。似たりより劣りたる香なり。

一、仏座 この香一段の面白き香なり。

一、珠数 木所迦羅なり。常に手にふれたき香なるによりて珠数と異名を付くるなり。

一、菖蒲 木所羅国なり。一段面白き香。羅国の名香数多しといえども、この香頂上なり。

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『山上宗二記』には、東大寺(蘭奢待)の木所ははっきり伽羅と記してありますが、「蘭奢待」は果たして伽羅といえるのでしょうか。

2011年秋の正倉院展に展示された蘭奢待を見た時の第一印象は、自分が勝手に思い描いていた「伽羅」木のイメージとは若干異なっていたことを今でも覚えています。

蘭奢待が伽羅か否かについては、志野流香道機関誌『松隠』23号に大阪大学薬学部助教授(当時)・米田該典先生の講演「正倉院の香薬」の講演再録に興味深く記されています。

講演再録を紹介できればいいのですが、残念ながら先生の結論を間違いなく記述するだけの文才は持ち合わせていません…。<m(__)m>

なお、『正倉院紀要』22号には「全浅香、黄熟香の科学調査」と題して、米田先生の研究論文が収められています。

鉢植えの牡丹が咲いています。
何んとも云えない良い香りがします。

長谷寺の牡丹も見頃なのでしょうか…。