千利休 切腹してない?

今日の朝日新聞朝刊「文化の扉」欄に載った記事は、千利休が実は切腹しておらず、九州へ逐電したのではないかという異説を紹介し、利休の死をめぐる謎に一石を投じようとするものでした。

通説では、利休は天正十九年(1591)二月二十八日に切腹したことになっており、今日まで異説があるなんて全く考えても見ないことでした。

「利休に尋ねよ」を原作として海老蔵によって映画化までされた通説は、余りにも広く流布していて、異説が入り込む余地はなかったというのが正直なところです。

400年以上も昔の話で、万人が認める資料が十分ではなく諸説が散見されるのであれば、頭から異説を否定するものではありませんが、個人的には天正十九年二月二十八日の切腹で、お墓は大徳寺聚光院に、利休忌が月遅れで毎年いとなまれ、月命日には月釜が掛けられている現状に、何の問題も感じていません。

異説はロマンを呼び起こしますが、それほど利休の存在は今なお大きいということでしょうか。

とても面白い記事なので、PDFにしてみました。
タイトルは、「異説あり 千利休 切腹してない?」です。→ 2018.05.14asahi-rikyuu

記事の写真です。