折句(おりく)・沓冠(くつかぶり)

先日は「物名(もののな)」を取り上げましたが、今日は「折句(おりく)」です。
「折句」については『日本国語大辞典』に次のような説明があります。

「和歌の技法の一種。物の名など、仮名書きで五字の語句を、各句の頭に一字ずつよみ入れたもの。また、各句の首尾によみこむ沓冠折句(くつかぶりおりく)を含めて呼ぶこともある。」

【折句】(おりく)

◆下の歌は、組香「女郎花香」の香六種の内の[を・み・な・へ・し]を詠み込んだ折句となっているもので、組香の証歌ともなっています。

| 古今和歌集 巻第十 物名 439
| 朱雀院女郎花合せの時に、女郎花と言ふ五文字を、句の頭に置きて、よめる (貫之)
小倉山みね立ちならし鳴く鹿の 経にけむ秋をしる人ぞなき
ぐらやまねたちならしくしかの にけむあきをるひとぞなき

◆同様に、組香「杜若香」の香六種の内の[か・き・つ・は・た]を詠み込んだ折句となっている歌です。

| 古今和歌集 巻第九 羇旅歌 410
| 東(あづま)の方へ、友とする人ひとり二人誘ひて行きけり。三河国八橋と言ふ所に至れりけるに、その河のほとりに、かきつばた、いと面白く咲きけるを見て、木の陰に下りゐて、かきつばたと言ふ五文字(いつもじ)を句の頭(かしら)にすゑて、旅の心をよまんとてよめる (在原業平朝臣)
唐衣着つゝなれにしつましあれば はるばるきぬる旅をしぞおもふ
らころもつつなれにしましあれば るばるきぬるびをしぞおもふ

この歌は「むかし、おとこありけり。」で始まる『伊勢物語』九段にも出てきます。

【沓冠】(くつかぶり・くつこうぶり)

◆沓冠折句は、ある語句を各句の初めと終わりとに一音ずつ読み込むもので、『栄花(えいが)物語』の[あはせたきものすこし](合せ薫物少し)を詠み込んだ歌が、例としてよく引かれています。

逢坂もはては往来の関もゐず 尋ねて訪ひこ来なば帰さじ
ふさかてはゆきききもゐ づねてとひなばかえさ

『新編日本古典文学全集31 栄花物語①』(小学館)の<巻第一 月の宴>の該当部分と訳は以下の通りです。
村上天皇が詠んだ歌に、一人だけ見事に応えた広幡(ひろはた)の御息所(みやすどころ)の逸話です。

[訳]

//「こうした大勢の方々のなかでも、広幡(ひろはた)の御息所(計子)が、なみはずれて格別たしなみ深いお方であると帝もお目をかけあそばされたのだった。帝から次のように、

逢坂も……(これまでは恋しいあなたに逢いたい願いもかなえられなかったけれど、今は往き来をとがめる関守もいなくなったのだから、私を訪ねて来てくだされ。来てくれたらもう帰しはすまいよ)

という歌を、同じようにお書きになって御方々におさしあげになったところ、このご返事をどなたもさまざまにお寄せになったが、広幡の御息所は、ただ薫物(たきもの)だけをまいらせた。帝は、「よくぞみごとな。やはり心得も格別よ」とおぼしめされたのだった。この御息所ほどの機転はなくともよいが、どのお方であったか、たいそう着飾って参上なさったのには、さすがに逢坂(おうさか)ならぬ勿来(なこそ)の関をすえておきたいお気持になられた。そのこともあって、このお方にはこれまでよりもご寵愛が劣ることになったと聞いている。」//

この件については、かってNHKR2の番組「日本人と香りの美」の中で、松栄堂主人・畑正高氏が解りやすくお話されていたのが印象に残っています。

それにしても、よくぞこのような歌を創ったものだと、つくづく感心します。

寒風をものともせず「もみじ葉ゼラニウム」が花を咲かせています。