秋分の日・洗心茶会

今日は二十四節気の一つ「秋分」の日。
太陽が黄経180度の秋分点を通過する日となっています。
因みに、天球上で天の赤道と黄道が交わる二点(春分点・秋分点)の内の春分点を0度としています。

太陽は真東から昇り真西に沈み、日の出から日の入までの昼の時間と、夜の時間がほぼ同じ時間となる日です。
「ほぼ」というのは、太陽の上辺が東の地平線にくる瞬間を日の出、西の地平線に隠れる瞬間を日の入としているため、単純に考えても、太陽の直径分が移動する時間分だけは昼が長くなる計算です。
その他、空気層による光の屈折などが絡んでいて、ことは単純ではないようです。

今日の名古屋の日の出は5:40、日の入は17:49でしたから、昼の時間は12時間9分ということになります。
「だから、なんなの?」と云われそうですが、要するにそういうことです…。?

秋分の日は彼岸の中日(ちゅうにち)。
習いに従って、「おはぎ」を供え祖先を偲んだのでした。

今年は、菓子舗「たねや」のおはぎでした。
お菓子と銘打っているだけあってとても美味でした。

今日23日は名古屋・城山八幡宮洗心茶会の月釜の日。
7・8月の二ヶ月は夏休みでしたから、久しぶりの茶会となりました。
席主さんは表千家・紫波優理氏と裏千家・水野宗雅氏のお二人。

表千家のお席の床は、即中斎の一行「明歴々露堂々」(めいれきれきろどうどう)。
歴々と明らかで、堂々と露(あらわ)れているの意、だそうです。
裏千家のお席の床は、鵬雲斎の一行「無心帰大道」(無心にして大道に帰す)。
無心とは作意を入れないこと、大道とは悟り、無心であることの大切さを説いているようです。

お花は、表のお席がホトトギスや白萩がぶりぶり籠に、裏のお席が秋明菊と刈萱が善五郎の花入に夫々おさまっていました。
美しい秋の花でした。(^O^)

洗心茶会の帰りに、よく立ち寄っているのが城山八幡宮裏手にある「連理木」。
なんと、シートで根元は覆われ、枝はぐるぐる巻きにされて「養生中」とのことでした。

連理と聞くと直ぐに思い出すのが「比翼連理」。(悪いクセです!)
例の、比翼の鳥、連理の枝です。

白居易の「長恨歌」は玄宗皇帝と楊貴妃の永遠の愛を描いた悲歌。
最後の一節です。

臨別慇勤重寄詞
詞中有誓両心知
七月七日長生殿
夜半無人私語時
在天願作比翼鳥 天に在っては願わくは比翼(ひよく)の鳥と作(な)らん
在地願為連理枝 地に在っては願わくは連理(れんり)の枝と為(な)らん
天長地久有時盡
此恨綿綿無盡期

〔通釈〕別れぎわに、彼女はねんごろに重ねて伝言をしたが、その言葉の中の誓いこそは、二人の心だけが知っていることであった。
「あの七月七日、長生殿の人々が寝静まった夜半、ささめごとを交したとき、陛下は誓ってくださいましたね。『天上に在っては翼をならべた鳥になりたい。地上に在っては一つに合わさった枝になりたいものだね』と。ああ、天は長く地は久しいとは申しても、いつかは果てる日がくるでしょう。でもわたくしたちのこの恋は綿々として尽きる時はございません。」

*出典『中国名詩選』(ワイド版岩波文庫)