仙遊之式

和楽会8月は、裏千家11代・玄々斎(1810~1877)が考案した「仙遊(せんゆう)之式」を五人で楽しみました。

玄々斎は三河・松平家から裏千家10代・認徳斎の養継嗣として千家に入った人で、幕末から明治にかけて裏千家の茶室の整備拡充や点前の創作、更には明治新政府に対して建白書を提出し、茶道の隆盛に尽力した正に中興の祖とも云われている人で、玄々斎抜きでは裏千家流を語ることはできないほどの人です。

その玄々斎が考案した「仙遊之式」は、七事式の一つである且座(しゃざ)之式[五人で順に、花を入れ、炭をつぎ、香を炷き、濃茶を練り、薄茶を点てるというもの]をベースにして、花は「廻り花」に、炭は「炭所望」に、香は二炷に、濃茶は概ねそのまま、薄茶は「花月」にアレンジしたもので、遊戯性を一段と高めたものとなっています。

且座之式や七事式に習熟?してから行なう式とよく云われる由縁です。
因みに裏千家流の七事式は、花月、且座、廻り炭、廻り花、茶カブキ、一二三、員茶(かずちゃ)の七つの式となっています。
尤も、表千家流では且座は(さざ)と読み、員茶は数茶(かずちゃ)と記しています。(勿論、個々の所作は異なります。)

玄々斎はお香についても大変造詣の深い人であったと聞いています。
仙遊之式では正客が本香を、次客が次香を炷くことになっていますが、終いには次客の香木が載る銀葉の上に、なんと!正客が炷いた香木を並べて置くという所作があり、しかも次客の香木は少し下げ、正客の香木は少し上げるというもので、手の込んだ所作が組み込まれています。

※最終的には、ひし形に置いた銀葉の上に二つ乗せますが、仙遊之式では上図左側(次客の分)の香木は少し下に、右側(正客の分)は少し上に夫々ずらして置きます。
これは、正客に敬意を払っての措置なのでしょうが、上図のままでは香道をたしなんでいる人から「ちょっと…」と一言あるからかもしれません。

もう一つ。
仙遊之式では、薄茶を花月で行いますが<取り込み総礼>後の座代わりで元の席に戻る時の足の運びについて、俗に「蜘蛛の子散らし」と云われるように特に決まっているわけではないようですが、自席に入る時の畳縁を越える足の左・右については、諸本で図版による解説がなされているものの、イマイチはっきりしない場合がある様に聞いています…。

ともあれ、楽しくスムーズに事は運んで予定時間内に式を終えることができました。
一緒に遊んでくださった皆様方に感謝です。

※廻り花を終えた時のイメージ画像です。