不知夜・十六夜

数日前から、陰暦(旧暦)八月十六日の[いざよい]が気になっています。

「不知夜」と「十六夜」、実は両方とも[いざよい]と読むというのです。
でも、国語辞典で[いざよい]として出てくるのは「十六夜」だけで「不知夜」は出てきません。

ということは…、「不知夜」は当て字?

香道の組香の中には、秋の名月を取り上げているものが少なからずあり、その中で香種や名目として「十六夜」や「不知夜」という表記を見ることがあります。
多くは「十六夜」なのですが「不知夜」の表記としては、例えば「秋月香」では香種に、「仲秋香」では名目に現れているようです。

個人的に、「不知夜」の出どころが夜も眠れないほど(?)気になり、調べてみることにしました。(悪い癖です!)
いい加減にしなさい!という声が、どこからか聞こえてきそうです。

1.十六夜(いざよい)

云うまでもなく、お月さまに関する「十六夜」は「十六夜(いざよい)の月」、即ち陰暦十六日夜の月の略です。

十六日夜の月は、前日十五夜の月より約50分程遅れて、東の空に昇ってきます。
これを、日没後ためらうように遅れて月が出てくると捉え[いさよひ=ぐずぐずためらうこと]と結びつけて、十六日夜の月を「いさよひの月」と呼び、しかも「十六夜」の文字に[いさよひ・いざよひ・いざよい]の読みを当てるようになったものと思われます。(中世以後、[いさよひ」は[いざよひ]に)

極めてアバウトですが、「十六夜」を[いざよい]と読む件は、それなりに落着したような気になっています。

2.不知夜(いざよい)

一方、「不知夜」を[いざよい]と読ませるのは何故でしょうか。
以下のように考えてみましたが、云うまでもなく独断であることをお断りしておきます。

「不知火」を[しらぬひ・しらぬい]と読むことは、良く知られているところです。
「不知」は[知らず][知らぬ○○]などと読みますので、「不知夜」は普通に読めば[しらぬよ]あたりになりそうですが、何故か[いざよい]です。

古語にある【いさ】を引いてみますと、「(副)(多くは下に「知らず」を伴なって)さあどうだか(わからない)」とあり、更にこれが「いざ(知らず)」と後世に誤用されるようになったとあります。
「いざ-知らず」です。

ここからは言葉遊びです。
「いざー知らず」から連想して、[知らず=不知]を[いざ]と読み替えてみたらどうなるのでしょう。(連想ゲーム!)
「不知・夜」は[いざ・夜]となり、「十六・夜」を[いざよい]と読むことに合わせて、「不知夜」も[いざよい]と読むことになったというのはどうでしょうか。

いざ知らず→いざ不知→「不知」と書いて[いざ]と連想して読む。
そして「いざ夜」と「十六夜」を掛けて、「不知夜」で[いざよい]と読む。

いい線をいっているような気がしないでもありません。
少なくとも、国語辞典に「不知夜」(いざよい)が出ていないと云う事は、当て字(当て読み?)であることの証なのでしょうか。

こうした当て字(当て読み?)は、例えば香名で「一二三」と書いて「うたたね」、「匂司」と書いて「ほのか」と読ませる等々、たくさん有りそうです。

3.『万葉集』に不知世經月・不知夜經月・不知夜歴月

ところが、ところがです。
なんと『万葉集』に「不知世經月」「不知夜經月」「不知夜歴月」の文字がありました。
読みは、すべて[いさよふ月]です。
なお、1で記した[いさよひ]は[いさよふ」の名詞形です。

以下は、日本古典文学大系5『萬葉集 二』(岩波書店)にある歌と訓み下し文です。

1008 山之葉尒 不知世經月乃 將出香常 我待君之 夜者更降管
山の端(は)にいさよふ月の出でむかとわが待つ君が夜は降(くた)ちつつ

1084 山末尒 不知夜經月尓 何時母 吾待將座 夜者深去乍
山の末(は)にいさよふ月を何時(いつ)とかもわが待ち居(を)らむ夜は深(ふ)けにつつ

1074 山末尒 不知夜歴月尓 將出香登 待乍居尒 夜曾降家類
山の末(は)にいさよふ月を出でむかと待ちつつ居(を)るに夜ぞ降(くた)ちける

因みに、1074の大意は、次の様に記してあります。
山の端で出るのをたゆたって、仲々現れない月を、今出るか出るかと待っているうちに、夜が更けてしまいました。

そうなんです。
万葉の昔に、既に「不知」で[いさ」と読んでいることになります。
歌からは、特に十六日夜の月を指してはいないように思いますが、十六日夜の月に当てはめてもOKなのでしょう。
「不知」を[いさ]と読めば、上記1と同様の経過で、「不知夜」を[いざよい]と読むことになりそうです。
でも、「不知」を[いさ]と読むには、それなりの理由があるはずですが…。

上記2のような連想がなされたのでしょうか。

あぁ、見事に藪の中に入りこんでしまいました。

そうそう、こういう時に当てはまるとっておきの慣用句がありました。

「ほねおりぞんのくたびれもうけ」!

初夏の花「下野(しもつけ)」が、秋になって再び花を咲かせています。