三舟香(さんしゅうこう)

「三舟香」(さんしゅうこう)は「三舟(さんしゅう)の才」の故事を題材にして組まれた組香となっています。

「三舟香」という組香があることは、ネット上で知ってはいましたが、組香の内容や香の聞き方、そして三舟の舳先(へさき)の飾りなどについては、全く解らないままでした

先日、同志社大学の矢野環教授・福田智子教授によって、研究紀要論文「竹幽文庫『香道籬之菊』の紹介」(十二)がPDFの形でネット上にアップされ、その中に収められている「三舟香」の解説から、待ち望んでいた「三舟香」の全容を遂に知ることができました。

とても嬉しい出来事でした。(^O^)
感謝、感謝です!

❖「三舟の才」~『大鏡』の藤原公任の説話~

「三舟香」のベースとなっている「三舟の才」(三船の才)については、高校時代に古典で学んだはずなのですが、記憶の彼方にすっかり消え去っています。
辞書によると、「三舟の才」は、漢詩、和歌、管弦の三つすべてに堪能なこととあります。
古典では『大鏡』(作者不詳)に書かれている藤原公任(きんとう)の説話が定番となっているようです。

広辞苑には次の記述があります。
「一条天皇の時、藤原道長の大堰(おおい)川の紅葉狩に際し、詩・歌・管弦に通じた藤原公任は和歌の舟にのり、「朝まだき嵐の山の寒ければ紅葉の錦着ぬ人ぞなき」と詠じて賞せられた。また、白河天皇大堰川行幸の際、詩・歌・管弦の3舟を連ね、諸臣の長所に従って乗らせたという故事による。」

藤原公任については、かって当blogでも「三舟の才」で記事にした覚えがあります。

❖「三舟香」~源経信の説話から~

「三舟香」は、同じく三舟の才との誉が高かった源経信(つねのぶ)の説話に基づいて作られているようです。

『鑑賞 日本文学第14巻 大鏡・増鏡』(角川書店)の中には、「三舟の才」として経信の説話が引かれています。

「帥民部卿(経信のこと)、又、この人(公任をいう)に劣らざりける。白河院、西川に行幸の時、詩・歌・管弦のふねを浮べてその道の人々をわかち乗せられけるに、経信卿遅参、ことのほかに御気色あしかりけるに、とばかり待たれて参りたりけるが、三の事を兼ねたる人にて、みぎはに跪きて、
「や、どのふねまれ、寄せよ」
といはれける。時にとりていみじかりけり。かくいはん料に、遅参せられたりけるとぞ。さて管弦のふねに乗りて、詩歌を献ぜられたり。三舟に乗るとは是なり。」(『十訓抄』第十)

経信は、管弦の舟に乗って、詩歌を詠むのですから、ここまでくると流石に「やりすぎ~」といった感じがします。(^O^)

❖「三舟香」は盤物

「三舟香」は盤物となっていますが、人形(経信)の動きなどに上記の故事が巧みに取り入れられているようです。

盤物の写真は研究紀要論文に掲載されていますが、盤の波形、三隻(詩・歌・管弦)の舟、幟、人形などなど、非常に美しい盤物の仕立てになっています。
ネット上でも盤の写真を見ることができます。(真田宝物館所蔵)
「三舟香」の盤は今回初めて見たのですが、めちゃくちゃ美しい盤です。
名古屋・徳川美術館にも有りませんし、日本全国広しと云えども現存しているのは真田宝物館所蔵品だけかもしれません。

盤の写真は、次のステップで見ることが出来ます。
・真田宝物館のトップページ➔「収蔵品データベース」のタブをクリック➔キーワードとして「香10」を入力➔「三船の香具」として盤の写真が表示されます。

❖盤上の三舟、舳先の飾り物は龍・鳳凰・孔雀

私的には、三舟の舳先(へさき)の飾り物が一体何なのか、ずっと気になっていましたが、研究紀要論文から一挙解決しました。

の舟には、鳳凰
の舟には、孔雀
管弦の舟には、龍。

これまでを振り返ってみますと、思い違いというか固定観念に囚われていたように思います。

『源氏物語』胡蝶の巻に登場するのは、龍頭鷁首(りゅうとうげきしゅ)の二隻一対の舟で、一隻の船首には龍の頭、もう一隻の船首には鷁(げき)の首(頭)を彫刻した物が取りつけられているように『絵本源氏物語』などには描かれています。(鷁は想像上の水鳥です。)

また『年中行事絵巻』の船遊びの図に描かれているのは、矢張り龍頭鷁首の二隻一対の船です。

更には、京都・嵐山の大堰川では5月に「三船祭」が催され、龍頭船、鷁首船、御座船(清少納言に扮した女性による扇流しが見どころ)が川に浮かべられ、観光客で賑わっています。

これらのことから、三舟の内の二隻は「龍頭」と「鷁首」に違いないとすっかり思いこんでいました。

でも、改めて考えてみますと、『絵本源氏物語』や『年中行事絵巻』が描かれたのは江戸時代後期です。
京都「三船祭」に至っては、近年始まった行事です。
そもそも、『大鏡』には「詩・歌・管弦」の三舟の飾り物については何も記してありません。
更には、組香が盛んに創られたのは江戸時代で、平安の昔からは随分と時が経っています。

三舟の舳先の飾り物が何であったのかは、実は解らない、というのが本当のところではないでしょうか。
なので、舳先の飾り物は、いろいろと想像を働かせ、新たに創り出すことさえ可能ということになりそうです。

「三舟香」の三舟の飾り物は、江戸時代に、先人(香人)が歴史を踏まえた上で創りだした物なのかもしれません。
龍と鳳凰は誰しもが納得できるものですが、残り一つが孔雀であったことはちょっぴり意外でした。
尤も、孔雀は日本には古くから渡来していて珍重され、江戸時代には見世物として人気を博していたようです。

「三舟香」の「龍・鳳凰・孔雀」の三舟は、よくよく考えられた上で選ばれているように思われます。(^O^)

❖「三舟香」の遊び方

さて、「三舟香」の概要です。
同志社大学の矢野環教授・福田智子教授による研究紀要論文「竹幽文庫蔵『香道籬之菊』の紹介」(十二)の中に記されている「三舟香」から、特徴をいくつか挙げてみたいと思います。

・連衆は9人(詩方3人、歌方3人、管弦方3人)。三舟香の盤を用いる「盤物」で、答えは専用の札を用いる。
・香は四種で、「詩」の香が3包+試1包、「歌」の香が3包+試1包、「管弦」の香が3包+試1包、「源帥」の香が1包(客香で無試)。
・聞き方は三段階で、初段は3包(一炷開き)、中段は2包、後段は5包(一炷開き)の計10包を炷き出す。
|初段は、「詩」「歌」「管弦」の各3包計9包の内から、3包を取り出して炷く。
|中段は、残り6包の内から1包を取りだし、客香の「源帥」を加えた計2包を炷く。(客香でない1包は聞き捨て)
|後段は、残り5包を炷く。

ざっと以上の様ですが、現在では三舟香の盤、舟や立ち物、それに専用の札は入手不可能です。
でも、記紙(名乗紙)を用いれば、普通の組香通りに遊ぶことは出来そうです。
尤も、ビジュアル的には物足りなさを感じるかもしれませんが…。(^O^)

詳しくは、前記の研究紀要論文をご覧ください。
PDFのURLはこちらです。
https://doors.doshisha.ac.jp/duar/repository/ir/26968/007001220007.pdf

❖舟の図

研究紀要論文の中で紹介されている上野宗吟『香道宿の梅』(1762年)には「三舟香」が収められていて、その内容はネット上で見ることが出来ます。
「香道宿の梅」で検索すれば出てきます。

下図は<舟の図>です。(控えめに…)

❖・・・

「三舟香」は遊び心に満ち満ちた組香でした。

長い間、解らなかった事が解決したので一件落着と云いたいところですが、ちょっとした寂しさも感じています。
また、新たな課題を見つけなければなりません…。???(^O^)

朝方、道端に芙蓉の花が咲いていました。