詩歌をちこち【新慶賀香】

一月も半ばを過ぎました。
深刻なコロナ禍にはありますが、茶の湯の初釜や稽古始、香道のお初香や聞香始などは、感染対策をしっかり図りながら各教場で無事に開催されたようです。(^^)

今年の志野流香道家元・松隠軒での「聞香始(もんこうはじめ)」は、新聞記事によると組香「松竹梅香」でした。
歳寒三友として知られる松竹梅は「新年」の季語にもなっていて、新年を寿ぐのにふさわしい組香となっているようです。
加えて、出香が三包と少ないところがとても嬉しい組香です。?(^^)?

定番の「萬歳香」や香名が[松・竹・鶴・亀・蓬莱山]のお目出度尽くしの素材からなる組香「慶賀香」も、新年を寿ぐ組香として何回か経験した覚えがあります。

「慶賀香」の頭に「新」を付けた「新慶賀香」もあります。
こちらの組香は、香名が[鶴・亀・蓬莱・客]となっていて、鶴・亀・蓬莱の試みを終えた後、出香七包(鶴・亀・蓬莱各々二包と客一包)を打ち交ぜ炷き出された香を聞き当てるというものです。

この組香の最大の特徴は、記録紙に書かれる漢詩の句や和歌が多いことにあると思います。
即ち、「客」香が何番目に出たかによって漢詩の句や和歌が用意されている上に、本香の下にも漢詩の句、記の奥には和歌が書かれ、全当りには萬歳、客香は慶賀と記されるように、紙面がとても賑やかです。

どういう風の吹き回しでしょうか、思い出したように「詩歌をちこち」です。(^^)

■詩歌をちこち 【新慶賀香】

君が世は千代に八千代にさざれ石の 巌となりて苔のむすまで

ちとせまでかぎれる松もけふよりは 君にひかれて万代やへむ

嘉辰令月歓無極

長生殿裏春秋冨

不老門前日月遅

暁洞花飛見鶴遊

花薫東閣万年盃

九天春色酔仙桃

========

①『古今和歌集』巻第七 賀歌 343
| 題しらず  よみ人しらず
わが君は千世にやちよにさざれいしのいはほとなりてこけのむすまで
〔大意〕わが君は、永遠の世々に、小さな石が大きな岩と成って苔が生い茂るさきざきまで長く、おすこやかにあらせられませ。

※『曾我物語(仮名)』巻六 弁財天の御事 19
君が世は千代に八千代にさざれ石の 巌となりて苔のむすまで

②『拾遺和歌集』巻第一 春 24
| 入道式部卿のみこの、子の日し侍りける所に  大中臣よしのぶ
ちとせまでかぎれる松もけふよりは 君にひかれて万代やへむ
〔大意〕千歳までと寿命が限られている松も、今日からは、貴君の寿命にあやかって、万代までも生き長らえることになるのだろうか。

*和歌出典『新編国歌大観』(角川書店)
*大意出典『新日本古典文学大系』(岩波書店)
※大中臣能宣(おおなかとみのよしのぶ)

=====

 ③『和漢朗詠集』巻下 祝 774
嘉辰令月歓無極  嘉辰(かしん)令月(れいぐゑつ)歓(くわん)無極(ぶきょく)
万歳千秋楽未央  万歳(ばんぜい)千秋(せんしう)楽(らく)未央(びよう)    謝偃(しゃえん)
〔現代語訳〕このめでたいよい時節にあたり、私たちの歓びは果てしがありません。万歳千秋を祝って、私たちの楽しみは尽きることがありません。
*出典『和漢朗詠集 全訳注』(講談社学術文庫)

④⑤『和漢朗詠集』巻下 祝 775
長生殿裏春秋冨  長生殿(ちょうせいでん)の裏(うち)には春秋(しゅんしう)富(と)めり
不老門前日月遅  不老門(ふらうもん)の前(まへ)には日月(じつぐゑつ)遅(おそ)し  保胤(ほういん)
〔現代語訳〕長正殿のうち、不老門の中では、月日のあゆみもおそく、わが君の寿も若く前途がゆたかなのです。
*出典『和漢朗詠集 全訳注』(講談社学術文庫)

⑥『新撰朗詠集』下 503
夕巌苔静稀人到  夕巌(せきがん)苔(こけ)静(しづ)かにして人(ひと)の到(いた)ることは稀(まれ)らなり
暁洞花飛見鶴遊  暁洞(けうとう)花(はな)飛(と)んで鶴(つる)の遊(あそ)ぶを見(み)る  勾曲山(こうきょくさん)屏風 菅三
〔通釈〕勾曲山の夕暮れ時、巌に生えたこけは人の訪れも稀で仙界のような趣きをたたえている。また、明け方早く、洞窟には花びらが散りかかり、仙人が乗る鶴の遊んでいるのが見える。
*出典『和歌文学大系』(明治書院)
※菅三品(かんさんぼん)=菅原文時(すがわらのふみとき)

⑦『新撰朗詠集』上 37
水写右軍三日会  水(みづ)は右軍(いうくん)が三日(さんじつ)の会(くわい)を写(うつ)す
花薫東閣万年盃  花(はな)は東閣(とうかふ)の万年(ばんねん)の盃(さかづき)に薫(くん)ず   匡衡(まさひら)
〔通釈〕今日の曲水の宴の流水のさまは、王義之(おうぎし)が催した三月三日の蘭亭(らんてい)の会をそのまま引き写してきたかのようで、桃の花は盃の中に薫り、左大臣道長公の永遠の長寿を祝うかのようだ。
*出典『和歌文学大系』(明治書院)
※大江匡衡(おおえのまさひら)

 ⑧『新撰朗詠集』下 478
五夜漏声催暁箭  五夜(ごや)の漏声(ろうせい)は暁(あかつき)の箭(や)を催(もよほ)す
九天春色酔仙桃  九天(きうてん)の春(はる)の色(いろ)は仙桃(せんたう)に酔(ゑ)へり  白(はく)
〔通釈〕夜の水時計のしたたる音がだんだん明け方の時刻になったことを知らせてくれて、宮中の春の朝の景色は、仙境の桃の花に酔ったかのように紅(くれない)色一色だ。
*出典『和歌文学大系』(明治書院)◆脚注に「作者は杜甫とすべきである」とあります。◆

※奉和賈至舎人早朝大明宮
賈至(かし)舎人(しゃじん)の早(つと)に大明宮(だいめいきゅう)に朝(ちょう)するに和(わ)し奉(たてまつ)る  杜甫(とほ)
五夜漏聲催暁箭  五夜(ごや)の漏声(ろうせい)暁箭(ぎょうせん)を催(もよお)し
九重春色酔仙桃  九重(きゅうちょう)の春色(しゅんしょく)仙桃(せんたう)酔(ゑ)う
以下略(全八句)
〔現代語訳〕水時計の音が夜明けの訪れを告げると、甍を連ねた宮城は桃の花が酔って紅に染まったかのような春景色となる。(以下略)
*出典『杜甫全詩訳注』(講談社学術文庫)

素心蠟梅の蕾が少しづつ膨らんでいます。(^^)