七草の節供

今日は五節供の一つ「人日(じんじつ)」・「七草の節供」の日。
ご多分に洩れず、元は旧暦正月七日の行事です。
「人日」は中国の古い習俗で、正月の一日から六日までは獣畜(鶏、狗、猪、羊、牛、馬)を占い、七日に人を占うところから、と辞書にあります。
そして、春の七草の粥(かゆ)を食して祝うのが習いとなっています。

春の七草は「せり・なずな、ごぎょう・はこべら・ほとけのざ・すずな・すずしろ」。
これらの内、普通の食材として馴染みがあるのは、せり、すずな(カブ・蕪)、すずしろ(ダイコン・大根)あたりでしょうか。
ナズナも昔々は摘んで良く食されたのでしょうが、現在では野菜売り場に並ぶことは無く、この日の為に販売される七草パックに収められています。

今朝は習いに従って、餅を入れた七草粥を食して、無病息災を願いました。(^^)

春の七草には、若菜七草をまないたにのせて囃しながら叩ききざむ「七草の囃子」の風習もあるようです。
囃子詞の一つは「ななくさなずな、唐土の鳥と、日本の鳥と、渡らぬ先に、ななくさなずな、手に摘み入れて」。

「ななくさなずな」と云うぐらいですから、昔は春の七草を代表する草がナズナだったのかもしれません。
そもそも、若菜は七草に限定せずとも、食べられる若菜は何でも食べていたと思います。

七草の節供が行なわれるようになったのは何時なのでしょうか。

古くは奈良時代から、正月の七日には朝廷で「白馬(あおうま)の節会」が行なわれていたそうです。
『日本国語大辞典』には、「正月七日、左右馬寮から白馬を庭に引き出して、天皇が紫宸殿でご覧になり、その後で群臣に宴を賜った。この日、青馬を見れば年中の邪気を除くという中国の故事によったもので、葦毛の馬あるいは灰色系統の馬を引いたと思われる。文字は「白馬」と書くが習慣により「あおうま」という。」とあります。

歴史学者の西山松之助氏は『花と日本文化』の中で、「青馬を見ると邪気を払い無病息災であるという信仰は、やがて若菜を摘んで食べる青と結びついて七種の青が邪気を払うということになったのではないか」と推測し、「白馬の節会」が次第に「七種(草)の節会」になったのではないかと記しています。

どうやら平安時代には七種(草)の節会が一般化したようです。

それにしても、長い長~い歴史があることになります。

ともあれ、七草粥は美味しくいただくのが一番です。ハイ。(^^)

朝日新聞夕刊に、今日行なわれた裏千家「初釜式」の記事がありました。
ご時世に合わせて、立礼、各服点です。