競馬香

風薫る五月の第一週はGWの真っ最中。
依然としてコロナ禍にはあるものの、特に行動制限は求められていないことから、各観光地は行楽客で大賑わいしているようです。

京都の上賀茂神社では、明日5月5日に加茂競馬(くらべうま)神事が行われます。
競馬神事の起源については、寛治七年(1093)に宮中の武徳殿において天下泰平・五穀豊穣を祈願して五月五日の節会に行われていたものが上賀茂神社に奉納されたことに遡ると、上賀茂神社のHPにはあります。

香道には、この競馬神事を題材にした組香「競馬香」があります。

盤物の一つで、連衆(参加者)が赤方と黒方に分かれて勝負を競う組香で、二つの人形を用いて駒を盤上で進めて行くところから、視覚的にも楽しめる組香となっています。

過去に紹介した「競馬香」の記事を三つ集めてみました。

2007年『和楽』二月号(小学館)には、家元・松隠軒で名士8人によって行われた「競馬香」の記事が掲載されています。

赤方は、蜂谷宗玄家元、アナウンサー・渡辺真里氏、陶芸家・大樋年雄氏、俳優・辰巳琢朗氏の四名。
黒方は、能楽師狂言方・野村小三郎(現・又三郎)氏、花道家・小川珊鶴氏(盤者)、松隠軒社中・熊沢佳子氏(執筆)、蜂谷宗苾若宗匠(香元)の四名。

 掲載記事によると、
◎香は四種
一として 四包で一包試
二として 同断
三として 同断
客として 三包で無試

◎聞き方と答え方
一、二、三の試しを聞いた後、
一、二、三、客の各三包ずつ計十二包を打ち交ぜ、その内二包を除き、残りの十包を炷き出して聞きます。

答え方は、掲載記事にわかりやすく書かれているので、以下に引用します。
「答は八角形の一枚札で示す。表は花紋で、裏に一~七の数字と客香を示す客の字(記録紙ではウと表記)が書かれている。8人分の一枚札を並べた盆が、一包聞くごとに回り、一だと思ったら象牙の簪(かんざし)を一にさして出す。全員の答えが出そろうと、盆を執筆に戻し、執筆が香包に隠されていた正解を発表。同時に全員の成績を記録する。この記録で赤方、黒方それぞれの正解数がわかるので、その合計数だけ、盤者が馬を進める。早く勝負の木にたどりついたほうが勝ちだが、通常、香を炷き終えた時点で勝負を決定する。」


※八角一枚札(鳩居堂カタログより)。
※志野流の八角一枚札の表に描かれている植物は十種[梅、藤、桜、菖蒲、葵、菊、橘、楓、笹、松]のようで、連衆の人数(原則十人)に対応しています。各札の裏側には、一、二、三、四、五、六、七、客の文字が八辺にあります。


※盆に出される答えの一枚札(『和楽』より)。


※記録紙(『和楽』より)。
※「競馬香」ではなく「競香」とするのは、「馬は四つ足だから…」と、どこかで聞いたような覚えがあります。

志野流香道先代家元・蜂谷幽求斎宗由宗匠による新聞連載記事「香道一口メモ」にある「競馬香」の記事二編です。

【競馬香①】
競馬は馬を神の乗り物とする信仰から古代より神事として行われてきた。五月の、上賀茂神社の競馬の行事は平安時代の様式を伝えているそうだ。左方(赤方)から一頭先走りし終えると右方(黒方)から一頭走らせるという空走りの形を取る。ついで左右から一頭ずつ走らせ馬場端の鉾(ほこ)を早くすぎた方を勝ちとする。これを模した組香が競馬香。

【競馬香②】
香組は四種を三包ずつ計十二包用意する。この内二包を空走りの意味から除き、出頭香数を十包とし、一炷(ちゅう)聞くごとに答えを出す。乗馬姿の人形を一対馬馳(は)せ板の上に並べ、赤方・黒方に別れた同人数の総合点で勝負木を目標に馬を進める。なお競馬の行事は単に勝負ごとを争うのではなく、その年の作物の豊凶を占うものであった。

「競馬香」の概要については、志野流香道先代家元・蜂谷幽求斎宗由宗匠が月刊誌に寄稿された「香道の心得-皐月-」に余すところなく記されています。

「別名を競香(きそいこう)と言い、盤物の代表的な競馬香(けいばこう)は、賀茂祭(葵祭)とともに平安朝の風俗を伝える著名な行事の一つ、五月五日に行われる賀茂神社の競馬(くらべうま)に由来する組香である。

賀茂の競べ馬の神事は平安時代に始まり、五穀成就を祈るためと言われ、また武徳殿で行われた様式―儀式、行事、服装、施設など―を伝えていると言われている。

本番の競べ馬に先立ち、番立てをするために出場する馬の遅速をあらかじめ調べる〝足揃え〟の儀や、左方から一頭走らせ、走り終えると右方から一頭走らせるという小手調べをする〝空走り〟などの馬術の行事があり、これらを含む他の予備的な行事の後、愈々その番立てに従って、左右から一頭ずつ、直線馬場を馬出しの桜から駆けさせ、馬場端に設けた頓宮(仮殿)の前にある鉾を早く過ぎた方を勝とする競技が行われる。左方が勝つと赤丸の扇、右方が勝つと白丸の扇が念人(ねんにん)(判者)により掲げられる。

騎手は乗尻(のりじり)と称し、左方(赤方)は打毬(だきゅう)、右方(黒方)は狛鉾(こまぼこ)の舞楽の装束をまとっている。これは武徳殿の前で、地方から集めた馬の品定めを行なった後、駒迎えの公事として雅楽舞を開宴したことに拠るそうである。

競馬香は、この賀茂の競べ馬になぞらえて、赤方、黒方に別れて聞香しながら赤黒両馬と王朝風の装束をつけた乗尻の人形(乗馬姿約九㌢)を馬場を仮定した馬馳せ盤(一枚に十の目盛がつけられた二枚の細長い板)の上で様々に扱い、青楓の造りものを目差して競うもので、香数においても、四種を三包ずつの十二包の内から、適宜に二包を除去して空走りの意味とし、続いて炷く十包に二十騎、十番が競走することを表すなど数にも関連を持たせている。

さて、騎手の人形を馬から下ろして馬場元に並べ、初香を聞き当てることによって乗馬させる。当、不当は、連衆が一炷聞き終ると直に答を発表する〝一炷聞き〟による。これより、赤方、黒方のそれぞれ聞き当てた総数にあわせて馬馳溝(うまはせこう)の目盛を一間ずつ、ただし、独り聞き(一人のみ正解)の場合は、香の種類によって二間とか三間進ませる。また途中で四間の差がつくと人形を下馬させ、馬を引いて歩かせる。その後、一炷でも当たれば再び乗馬させる。勝負は盤に立てた青楓を先に越えた方を勝とするが、通常は十炷の香を聞き終えた時点で決めている。なお、盤の先端に至っても聞香が終了しない場合、通りすぎた盤を先へつないで続行させる。ほかに持(もち)(引き分け)のこと、盤者のこと、記録のことなどがあるが、以上が競馬香のあらましである。」


※盤(『和楽』より)。

「競馬香」を催している香席の様子が目に浮かぶような要を得た解説です。(^^)


※三組盤(鳩居堂カタログより)-競馬香・名所香・矢数香-