ひまわり

名古屋市蓬左文庫前の花壇でひまわりの花が咲いていました。
もう、そんな時季なのですね…。

名古屋・両口屋是清の「水無月」です。
パッケージが洒落ています。

6月20日付の中日新聞市内版に「シャンパン×香道」の見出しで、徳川美術館茶室で催された香りのコラボの記事が載っていました。
日仏の斬新な香りの競演です。
ダブルで酔ってしまいそうです…。

詩歌をちこち 【重陽香】

[和歌]

|『拾遺和歌集』巻第三 秋 184
| 三条のきさいの宮の裳ぎ侍りける屏風に、九月九日の所   もとすけ

わがやどの菊の白露けふごとに いく世つもりて淵となるらん

〔大意〕我が家の菊の白露は、これから毎年の九月九日ごとに、いったい幾代積もり溜まって、淵となるのだろうか。

*和歌出典『新編国歌大観』(角川書店)
*大意出典『新日本古典文学大系』(岩波書店)

※同歌:『和漢朗詠集』巻上 秋 265
※清原元輔(きよはらのもとすけ)

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〔漢詩〕

燕知社日辞巣去
菊為重陽冒雨開

|『和漢朗詠集』261

燕(えん)は社日(しゃじつ)を知(し)って巣(す)を辞(じ)して去(い)んぬ
菊(きく)は重陽(ちょうやう)のために雨(あめ)を冒(をか)して開(ひら)く   李端(りたん)

〔現代語訳〕つばめは秋の社日になったことを知って、巣をすてて去って行きます。菊の花は九月九日にまに合おうとして、雨の中もいとわずに開きます。

*漢詩出典『日本古典文学大系 和漢朗詠集・梁塵秘抄』(岩波書店)
*現代語訳出典『和漢朗詠集 全訳注』(講談社学術文庫)

※漢詩は『三体詩』の中から引かれています。

|秋日東郊作   秋日(しゅうじつ)東郊(とうこう)の作(さく)    皇甫冉(こうほぜん)

閑看秋水心無事  閑(かん)に秋水(しゅうすい)を看(み)て心(こころ)無事(ぶじ)なり
臥對寒松手自栽  臥(ふ)して寒松(かんしょう)の手自(てずか)ら栽(う)えしに対(たい)す
盧嶽高僧留偈別  盧嶽(ろがく)の高僧(こうそう)偈(げ)を留(とど)めて別(わか)れ
茅山道士寄書來  茅山(ぼうざん)の道士(どうし)書(しょ)を寄(よ)せて来(きた)る
燕知社日辭巣去  燕(つばめ)は社日(しゃじつ)を知(し)りて巣(す)を辞(じ)して去(さ)り
菊為重陽冒雨開  菊(きく)は重陽(ちょうよう)の為(た)めに雨(あめ)を冒(おか)して開(ひら)く
淺薄將何稱献納  浅薄(せんぱく)何(なに)を将(もつ)て献納(けんのう)と称(しょう)せん
臨岐終日自徘徊  岐(き)に臨(のぞ)んで終日(しゅうじつ)自(みずか)ら徘徊(はいかい)す

〔訳〕川を流れる秋の水をのんびりとながめ、すべてを忘れ去る。いくたびか冬の寒さを経てなおも青い松、かって自分の手で植えたその松をねそべってながめやる。盧山の徳高き僧は、偈を書きしるして別れ去りゆき、茅山の道士は手紙をとどけてきた。燕は秋の社日を心得ているかのように、巣に別れをつげて南へ飛び去り、菊は重陽の節のために、雨をものともせずに咲いた。識見浅薄なこの私、献納の職にありながらそれにふさわしいものは何ももたない。去るべきか、留まるべきか、一日じゅう分れ道にのぞんだように思いまどう。

※出典『三体詩 上』村上哲見(朝日新聞社)