大相撲、土俵の四本柱は…

朝日新聞・土曜be版の半藤一利「歴史探偵おぼえ書き」に「相撲改革 四本柱の思い出」と題するコラムが載っていました。

今でこそ土俵の四隅に柱は無く、屋根は天井から吊り下げられた形になっていますが、一昔前?までは土俵の四隅に柱が立っていて屋根を支えていたと記してあります。
そして四本の柱には黒、青、赤、白の布が巻き付けられていたそうです。

柱が取り払われたのは、昭和27年(1952)9月となっています。
翌年夏場所から始まったNHKのテレビ中継が絡んでいたようで、相撲を見やすくするための大改革であったようです。
そして、黒、青、赤、白の布は、吊り屋根に下げられている黒房・青房・赤房・白房へと替っています。

黒、青、赤、白といえば、「五行」の世界です。
青(東)、赤(南)、白(西)、黒(北)、そして真中に黄色の土俵で、五行[木火土金水]を象っていることになります。

五行 五方 五色 五時
木 …東  青  春
 …南  赤  夏
 …中央 黄  土用
 …西  白  秋
 …北  黒  冬

本当に都合よくできていると思います。(^O^)

同コラムには、1945年11月から始まった戦後初の大相撲4日目の写真が載っていました。
昭和20年ですから、四本柱はまだ残っていますが、目に留まったのは柱の御幣。
御幣が柱に括りつけられていたとは……、ちょっとした驚きでした。

今日、萩の花が一つだけ咲きました。
花を見ると、なるほどマメ科の植物であることが良く解ります。

詩歌をちこち 【杜若香】

|『古今和歌集』巻第九 羈旅歌 410
| あづまの方へ友とする人ひとりふたりいざなひていきけり、みかはのくにやつはしといふ所にいたれりけるに、その河のほとりにかきつばたいとおもしろくさけりけるを見て、木のかげにおりゐて、かきつばたといふいつもじをくのかしらにすゑてたびの心をよまむとてよめる   在原業平朝臣

唐衣きつつなれにしつましあれば はるばるきぬるたびをしぞ思ふ
〔大意〕唐衣を繰り返し着てよれよれになってしまった「褄(つま)」、そんな風に長年つれ添って親しく思う「妻」があるので、その衣を永らく張っては着てまた張っては着るように、はるばる遠く来てしまったこの旅をしみじみと思うことだ。

*和歌出典『新編国歌大観』(角川書店)
*大意出典『新日本古典文学大系』(岩波書店)
※在原業平(ありわらのなりひら)
※『伊勢物語』九段に同歌。
※歌は[かきつはた]の折句となっています。
らころもつつなれにしましあれば るばるきぬるびをしぞおもふ