夏に涼風あり

表千家機関誌『同門』5月号の巻頭言の見出しは、猶有斎宗左家元による「夏に涼風あり」。

この「夏に涼風あり」の文言には見覚えがあります。

新組組香「遊々香」の夏の名目は「風」。
その出典をあれこれ推測してみた際に、その一つとして引いた『無門関』の中にあった言葉です。

巻頭言の本文には、中国南宋の禅僧、無門慧開(むもんえかい)禅師の『無門関(むもんかん)』の一節が引かれていました。

春有百花秋有月  春に百花有り秋に月有り、
夏有涼風冬有雪  夏に涼風有り冬に雪有り。
若無閑事挂心頭  若し閑事(かんじ)の心頭(しんとう)に挂(か)くる無くんば、
便是人間好時節  便(すなわ)ち是れ人間の好時節。

春に百花有り、秋に月有り、夏に涼風有り、冬に雪有り。つまらぬ事を心に掛けねば、年中この世は極楽さ。(岩波文庫『無門関』西村恵信訳注)

年年歳歳花相似たり、との言葉にあるように、自然の営みは世の移ろい、人の思惑に惑わされることなく悠々と流れ、季節は巡って花はまた開きます。

コロナ禍の今、ウィルスの感染状況やワクチンの接種状況は人々の大きな関心事になり、人心は揺れ動いているように感じます。

コロナウィルスの問題は、生死にかかわる事だけに決して「閑事」ではありませんが、慌てずに冷静的確に現下の緊急事態に対処することが求められているように思います。

以前のように、自然の営み、四季それぞれの趣・風情を心から楽しめる時が一日でも早く来ることを願ってやみません。

ふたりしずか【二人静】の花が咲いています。(^^)

「風」と云えば、茶の湯の世界では欠かすことができない文言を一つ思い出しました。

薫風自南来 殿閣生微涼
薫風(くんぷう)南より来たりて 殿閣(でんかく)微涼(びりょう)を生ず

『茶席の禅語大辞典』(淡交社)の解説を一部引用します。

「爽やかな初夏の風が南より吹き来たり、宮殿に微かな涼しさが生まれる、ということ。雲門文偃(うんもんぶんえん)がある僧から、「如何なるか是れ諸仏出身の処」(諸々の仏が現出するとはどのような境地ですか)と問われて、「東山水上行(とうざんすいじょうこう)」(東山が水上を行く)と応えたのに対し、後の宋代の圜悟克勤(えんごこくごん)は、自分なら「薫風南より来たりて殿閣微涼を生ず」と応えるといった。」

夏は風、風が南から吹くと夏、ということのようです。

新組組香「遊々香」の夏の名目「風」の出処は、案外ここらあたりかも……と、秘かに思わないでもありません。