陸奥名所香を彩る歌枕

香道には「名所」を題材にした組香がいくつかあります。

例えば「名所香」、芳野方と立田方に分かれ、花(桜)と紅葉を立物にして勝ち負けを争う盤物となっているようです。
他にも、名所を冠した組香として「宇治名所香」「難波名所香」「陸奥名所香」、そして「名所鵜川香」などがあるようです。

・「名所香」…香四種[一・二・三・ウ]
・「宇治名所香」…香五種[小嶋崎・山吹瀬・橋姫・扇芝・朝日山]
・「難波名所香」…香五種[難波・象泻・小嶋・住吉・更級]
・「陸奥名所香」…香三種[松島・塩竃・小舟]
・「名所鵜川香」…香六種[山城・大和・近江・出羽・肥前・越中]

先日、「陸奥名所香」の札表にある「奥の井」について、「奥の井」「興井(おきのい)」「沖の井」「沖の石」の何れもOKという私見を記しました。

同組香の他の札表・札裏にある名所についても、辞書、出版物、ネットなどから調べてみました。
特に『日本風俗名所図会1』(角川書店)に収められている『奥州名所図会』『東国名勝誌』は、陸奥の名所を余すところなく記していて、とても興味深いものでした。
載っている図を見るだけでも楽しく面白い本です。

※『東国名勝誌』より「松嶋」

陸奥名所香】

組香「陸奥名所香」は、陸奥(みちのく)の名所を題材にした組香。

香は三種〔松島:三包で内一包試、塩竃:三包で内一包試、小舟:一包で無試〕、出香五包を打ち交ぜ内二包を取って炷き出します。聞きの答えは記紙に記します。古法は札を用い、札表は下記の⑤~⑳。札裏は二炷の出により〔松島、塩竃、雄島(順・逆)、籬島(順・逆)、煙、月〕の名目があります。

陸奥(みちのく)は「みちのおく」が変化した語で、陸前<宮城県・岩手県>、陸中<岩手県・秋田県>、陸奥(むつ)<青森県・岩手県>、磐城(いわき)<福島県・宮城県>、岩代(いわしろ)<福島県>の奥州五国の古称。

◆「陸奥名所香」に登場する名所 

①松島…宮城県松島湾一帯の称。大小二百六十余の島からなる景勝地。日本三景(松島・天橋立・厳島)の一つ。月見の名所でもある。

②塩竃…宮城県塩竃市。松島湾にのぞむ港町。平安の初期、源融(822-895)は六条河原邸内に塩竃浦を模した庭を造り、難波から塩水を運ばせ、藻塩を焼きその煙を絶やさず風情を楽しんだという。

③雄島…宮城県、松島湾北西部の島。陸に最も近く渡月橋で結ばれている。

④籬島…宮城県塩竃市の塩竃湾内にある島。

⑤忍もぢ摺(信夫文字摺)…一説に、信夫(しのぶ)郡(福島市一体)から産出した忍ぶ草の茎や葉で、乱れ模様を布に摺りつけたものという。しのぶずり【忍摺・信夫摺】。
陸奥のしのぶもじずり誰故に みだれそめにし我ならなくに 源融・古今724

⑥名こその関(名古曽の関・勿来の関)…福島県いわき市勿来町にあった奈良時代以来の関所。白川・念珠(ねず)と共に奥州三関の一つ。

⑦野田の玉川…宮城県塩竃市玉川から多賀城市留ヶ谷を流れる川。六玉川の一つ。
※六玉川<近江:野路(萩)、武蔵:調布(調布)、陸奥:野田(千鳥)、山城:井出(山吹)、摂津:玉川の里(卯花)、紀伊:高野>

⑧袖の渡り(袖渡)…宮城県北東部、石巻市北上町橋浦にあったという北上川の渡し場。

⑨緒絶の橋…宮城県古川市にある橋。三日町と七日町との境を流れる緒絶(おだえ)川に架かる。

⑩奥の井(興井(おきのい)・沖の井・沖の石)…宮城県多賀城市。末の松山の南方、池の中に奇石がある。
わが袖は潮干に見えぬ沖の石の 人こそ知らねかわく間もなし 二条院讃岐・千載759

⑪真野の苅萱…福島県相馬市鹿島区真野(まの)。歌枕「真野の萱原」の萱(かや)。

⑫末の松山…宮城県多賀城市の海岸近くにあったという丘。松で名高い。
契りきなかたみに袖をしぼりつつ すゑの松山浪こさじとは 清原元輔・後拾遺770

⑬瀬々の埋木…宮城県中部を東流する名取川の埋もれ木のこと。名取川は古くから埋もれ木の産地。

⑭十府の菅菰(とふのすがごも)…編み目が十筋ある幅広の菅(すげ)で編んだむしろ。仙台市宮城野区岩切、利府町。

⑮武隈の松…古代、宮城県岩沼市に置かれていた城館、武隈館(たけくまのたて)にあった二株の老松。

⑯壺の碑…宮城県多賀城市にある多賀城の碑。一説に、青森県上北郡七戸町にあったと伝えられる古碑。坂上田村麻呂が蝦夷(えみし)征伐の時、弓の弭(はず)で日本の中央であることを書き付けたという。近世になって、宮城県の多賀城の碑が混同して「つぼのいしぶみ」と呼ばれるようになった。

⑰盤手山…岩手山。岩手県盛岡市北西にある休火山。岩手富士。

⑱松ガ浦島…宮城県中部、松島のこと。特に七ケ浜町の松ケ浜の海岸に近い小島をいう。

⑲浅かの沼(安積の沼)…福島県郡山市、安積山の麓にあったといわれる沼。
みちのくのあさかのぬまの花かつみ かつみる人に恋ひやわたらん よみ人不知・古今677

⑳不忘山…わすれずの山は蔵王山一帯の古称。現在の刈田岳を指すとの見方が一般的とか…。

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歌は四首(⑤⑩⑫⑲)記しましたが、20か所何れも歌枕ゆかりの地です。

上記の大まかな場所について、東北の白地図に書き込んでみたところ、意外に面白いナと思いました!
東北の白地図は帝国書院のHPからダウンロードOKです。(^^)

※『奥州名所図会』より「壺の碑」(多賀城の碑)

※多賀城…「奈良時代、蝦夷に備えて、現在の多賀城市市川に築かれた城柵。東北地方経営の拠点として国府・鎮守府を置く。政庁を中心とした内郭や方1キロメートル余の外郭の土塁が残る。城跡は国の特別史跡。」(出典『広辞苑』)