鶏冠木・蛙手

新緑につやめきを添えるかのような雨の一日でした。

シリーズで紹介している外盤物組香の「蹴鞠香」に誘われて、蹴鞠の書を見ていたところ、文中に「櫻・柳・鶏冠木・松」の文字があり、更に添えてある図には「櫻・柳・蛙手・松」の文字がありました。
鶏冠木?… 蛙手?…
初めて見た語ではないような気はしたものの、何だったのか直ぐには思い出せません。

なんと、以前紹介した「蹴鞠香」の記事の中に「鶏冠木」がありました。
読みは「かえで」でした。(2018.6.28付けの記事)

早速、辞書を引いてみました。
かえで【楓・槭樹・鶏冠木】は、カエルデ(蛙手・蝦手)の変化した語で、葉の形が蛙の手に似ているところからいう、とあります。(鶏のトサカ【鶏冠】にも似ている…)
そうでしたか…、ハイ。

忘却とは忘れ去ること也、コロナ禍を挟んだ6年の歳月は「鶏冠木」を忘却曲線上にすっかり乗せていたようです。
とは言え、忘れるのが速すぎます!!

※ヒメヒオウギ

蹴鞠については『日本国語大辞典』に以下のような説明があります。

① 蹴って遊ぶまり。鹿のなめし革で作った直径七、八寸(約21~24cm)のもの。しゅうきく。

②古代以来、主に朝廷、公家の間で行なわれた遊戯。通常八人が革の沓(くつ)をはいて、鹿革のまりを足の甲でけり上げ、地に落とさないように受け渡す。蹴る回数の多少を競うとともに、まりの軌跡や蹴手の姿勢の優美をも競った。ふつう、鞠壺(きくつぼ)、または懸(かかり)と称する七間半(約14m)四方の東北の隅に桜、東南に柳、西南に楓(かえで)、西北に松を植えた庭で行なわれた。鎌倉時代、後鳥羽院の頃に体系化されるようになり、難波流、飛鳥井流などの流派があったが、雅経を始祖とする飛鳥井が室町以後江戸時代を通じて主流となって、将軍家御師範家として栄えた。しゅうきく。///

蹴鞠の「まり」は非常に軽いつくりと聞いています。(100g強とか…)

そんな蹴鞠の様態を組香の盤物に採り入れたのが外盤物組香「蹴鞠香」となっています。

外盤物⑥「蹴鞠香」

◆香四種(香の組み方は十種香と同じ)
一として 四に認め内一包試
二として 同断
三として 同断
客として 一包に認め無試

◆聞き方
試み終わりて、出香十包を打ち交ぜ、内一包を抜き九包を炷き出し、三炷ごとに札を開きます。
九包炷き終わり、抜いた一包を「沓直(くつなおし)」と名付けて聞きます。

◆記録(堂上方、地下方に分かれ、当りだけを記す。)
一を、二を、三をと書き、客は客(ウ)とも空とも書きます。十炷目が当たれば沓直と書きます。
|  三二二一ウ三一一三二
札名 急 破序 急 序急   六
札名 急破破序空急序序急沓直 全

◆盤
盤一面、人形十、鞠一、松・柳・櫻・紅葉の四本。堂上は金烏帽子、地下は黒烏帽子、法師は燕尾。春夏は若松、秋冬は梶を添えて飾る。

平成8年に名古屋・徳川美術館で「香(かおり)の文化」展が開催されました。
同展図録には東京国立博物館蔵「十組盤」の写真が載っています。下は「蹴鞠香」の盤一式です。
解説には、「桜・柳・楓・松を立て、蹴鞠の扮装の十人の人形が左右に分かれ、烏帽子を脱いだり、扇のやり取りをする」とあります。

◆メモ

2017年7月7日には、名古屋芸術劇場で冷泉家「乞巧奠」の公演があり、プログラムには「蹴鞠・雅楽・和歌披講・流れの座」と記されていて、舞台上に竹を四隅に立てた鞠場をつくり、蹴鞠の実演がなされたようです。

蹴鞠を含めて、日本の伝統芸能には「序破急」が付きものとなっています。
蹴鞠の書には「三修の事」として蹴鞠の動作・心持に「序破急」が説かれています。
・序は、我が木の下深くに立ちて、鞠長のびやかにのどかに蹴るべし。
・破は、いささか木の下を出づる様にして、鞠長ひかえて時々曲をも交えて蹴るべし。
・急は、晩景では数をはげみ鞠長つづめて互いに忠をつくし興をもよほすべし。

古代装束に身を包み鞠を蹴る姿は、折々にTVニュースで見ることはありますが、なんだかとても縁遠い世界です。
いろいろな秘事・約束事がありそうですが、肝心なところは矢張り「秘すれば花、秘してこそ花」なのでしょうか…。