蘭奢待の香り
大阪歴史博物館で「正倉院 THE SHOW」特別展が始まっています。(6/14~8/24)
6月15日(日)付の読売新聞に同展の紹介記事が載っていました。(※段組み加工)
正倉院宝物の実物の展示はありませんが、宝物の高精細映像や音楽を通して、宝物の魅力を体感できるような構成・仕掛けになっているようです。
個人的に最も注目したのは、香木「蘭奢待」の香りを再現したコーナーが設けられていること。
天下の名香「蘭奢待」の香りを再現?
一体誰が? 何処が?
真っ先に思い浮かんだのは、かってNHKTV番組「歴史探偵 天下の名香 蘭奢待」(2023年)の中で、NHKの依頼を受けて古書に記してある蘭奢待の香りの一部(かもしれない)を合成した高砂香料工業でした。
同展のHPを開いて確かめたところ、[協力]として高砂香料工業の名が記してあり、「やっぱり!」と納得しました。
蘭奢待の香りについては、前述の「歴史探偵」の中であの手この手で追求していました。
古書に記してあるように、蘭奢待の香りが「初めの聞きは杏仁(あんにん)」であることに着目し、伽羅「初音」の香り分析を通して杏仁の香りを抽出・合成し、蘭奢待の香りの一部(かもしれない)とのコメントを分析担当者から引き出していました。
杏仁(あんにん)の香りと云えば、あの杏仁豆腐の香り、ほんのり甘い優しい香りという印象でしょうか。
2022年に東京・増上寺で蘭奢待の献香式が催されましたが、志野流香道家元・蜂谷幽光斎宗玄宗匠は蘭奢待の香りについてNHKTV「美の壺-心を聞く 和の香り-」(2022年)の中で、「平常聞いている香木と違い、やっぱり静かで漂ってくる穏やかな香りです。心の安らぎというか、そういうものを得たような気がする。」とのコメントがありました。
古来、蘭奢待は伽羅、香味は「甘苦辛酸鹹」の五味を兼ね備えている名香と云われてきました。
名香は数多あるといえども、五味を兼ね備えているとされるのは蘭奢待(東大寺)だけです。
そもそも、蘭奢待は果たして伽羅なのか?、現在でも様々な意見があると聞きます。
また、古書にあるような五味「甘苦辛酸鹹」を味わったというお話は見聞きしたことがありません。
平成12年に宮内庁正倉院事務所が発行した「正倉院紀要 第22号」に、大阪大学大学院薬学研究室の米田該典氏の「全浅香、黄熟香の科学調査」レポートが載っています。(全浅香=紅塵、黄熟香=蘭奢待)
米田氏は、現在通用する伽羅は全てベトナムからもたらされたものであるとした上で、伽羅には沈香とは明らかに異なる成分が存在することを薄層クロマトグラフィーによって確認し、この成分を単離し、構造を決定されています。
本体は沈香の樹脂成分を構成するクロモン系の化合物であるが、伽羅には新規の特異なクロモン類化合物(構造式掲載)が含まれていること、そして100検体を超える伽羅の分析結果は「見事なまでに伽羅は伽羅であった」とされています。(伽羅は、新規の特異なクロモン類化合物を含んでいるということですよネ…)
では、黄熟香(東大寺・蘭奢待とも)の分析結果は?
検体3点の分析結果が紀要に載っていますが、私が見た範囲内では、新規の特異なクロモン類化合物の一部がある検体に見られたように記してあります。
分析結果については、様々な検討が加えられています。
当時の伽羅の成分が失われた可能性や伽羅の定義・捉え方が昔と今では異なっていた可能性などが挙げられていて、蘭奢待が伽羅かどうかの断定はなされていないように感じました。
同氏がかって某所で講演された際の講演録「要約」の中でも、蘭奢待が伽羅であるか否かについて触れられていますが、香りについては分析した感覚からいえば「涼やかな香り」「軽い香り」というイメージがあるように書かれています。
正倉院宝物である蘭奢待の香りを突き止めることは、様々なハードルがあり容易ではないように思います。
矢張り、蘭奢待は「秘すれば花、秘してこそ花」と云えるのかもしれません。
ともあれ、大阪歴史博物館に出かけて、蘭奢待の香りの一部(かもしれない)を鼻孔一杯に吸い込んで、嗅覚センサーをフルに働かせ、蘭奢待のロマンの世界に浸りたいと思っています。
近いうちに、行かなくっちゃ…。 (^^)
※公園の合歓の花
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外組34番【難波香】
香五種
一として 二包に認内一包試
二として 右同断
三として 右同断
四として 右同断
五として 右同断右、試み終りて出香五包打ち交ぜ炷き出す。試みに合せ名乗紙に書き付け出すべし。名目有り。左のごとし。
一を梅と書く
二を桜と書く
三を橘と書く
四を菊と書く
五を月と書く記録本香の処は一二三にて書き、銘々聞きは右の名目にて書くべし。尚、記録にて見合わすべし。左のごとし。
(記録例 略)
きろく是に順ずべし。