「玉章香」-雁の使い-
先日は、秋の花「雁金草」から、雁金-雁の使いー手紙-玉章と連想が広がり、組香「玉章香」へと辿りつきました。
中国の故事から引かれた組香ですが、香名や聞き方に創作者?の思いが伝わってくるような組香になっています。
たまずさ【玉章・玉梓】は「たまあずさ」の変化した語で、便りを運ぶ使者の持つ梓の杖。転じて、手紙、便りの意と辞書にあります。
『日本国語大辞典』に記してある〔語誌〕です。
・古代、手紙を運ぶ使者は梓の杖を持ち、「玉梓(たまずさ)の使い」とよばれた。のち玉梓(玉章)は手紙そのものをさしていう。
・中国では梓の木を版木に用いたので出版のことを上梓(じょうし)という。
かりのつかい【雁の使い】は「(中国、前漢の蘇武が匈奴にとらわれた時、雁の足に手紙をつけて都に届けたという「漢書―蘇武伝」の故事から)便りを伝える使いとしての雁。転じて、手紙、消息。かりのたまずさ。」と同辞書にあります。
手紙、便りの意味から、「雁の使い」は「玉章」に通ずることから、香道の組香【玉章香】は組まれているようです。
◆香は四種
初雁として 四包で内一包試
帰雁として 同断
雁金として 同断
玉章として 一包で無試
◆聞き方
初雁、帰雁、雁金の試みを聞いた後、
①初雁、帰雁、雁金の各三包と玉章一包の計十包を打ち交ぜ、五包ずつ二組に分けた内の一組五包を炷き出します。この五包の内に玉章の香が出ればこれで終りです。
②玉章の香が出なかったときは、後出香として残りのもう一組五包を炷き出します。
◆記録紙
・前半の五包を聞き終わってから、本香(答)を先に開きます。(玉章の香が出ればこの五包で終わり)
・後半(後出香)の五包がある場合は、同様に続けてから、銘々の答えを記録紙に写します。
・全当りは、五炷で終わる場合も十炷で終わる場合も、どちらも全と記します。
・記録紙には、当たりだけを記すやり方もあるようです。
・雁の文字は略字の雁垂【厂】でOKです。(例)初厂
◆メモ
・前半の五炷の内に玉章の香が出れば終わりとするのは、雁に託した玉章(手紙)が無事に届いた(開かれた)ことを意味しているようです。
・後半(後出香)は、時間(年月)はかかったものの、雁に託した玉章(手紙)が無事に届いて、目的は果たされたことを表しているようです。
・前半の五炷は本香を先に開いて答を明らかにしてしまうので、後半の五炷は不当を承知で数合わせせざるを得ない場合も生じます。
・札聞きの方が諦め?がつき、事はスムーズに進行するような気がします。
〔香名〕出典『広辞苑』
※初雁(はつかり)=秋に、北方から初めて渡ってくる雁。
※帰雁(きがん) =春になって、北へ帰る雁。
※雁金(かりがね)=雁の鳴き声。転じて雁のこと。
※玉章(たまずさ)=玉は美称。古代、手紙を梓の木などに結びつけて使者が持参したことから、手紙、消息。
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※江戸近郊八景之内「羽根田落雁」
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《余談》
「漢書-蘇武伝」の故事は、詳しくは『漢書』巻五十四「李廣蘇建傳第二十四」(中華書局)に、李廣の孫李陵と蘇建の子蘇武の伝が付されていて、「雁の使い」に関わる原文(部分)は次のようです。
天子射上林中得雁足有係帛書言武等在某澤中
『出典のわかる故事成語・成句辞典』(明治書院)にある書き下し文です。
「天子(てんし)、上林中(じょうりんちゅう)に射(い)て雁(がん)を得(え)たり。足(あし)に帛(はく)(=絹布に書いた手紙)を係(か)くる有(あ)りて、武(ぶ)等(ら)(=蘇武たち)は某(ぼう)沢中(たくちゅう)(=ある湿地帯の中)に在(あ)りと書(しょ)す。」
同書の解説文(題は「雁書」)は以下のようです。
「カリの運んだ手紙の意。漢の蘇武が匈奴に使者として行き、捕らわれの身となって帰国することができなかったとき、手紙をカリの足に結んで放した。たまたま漢の天子が上林苑でカリを射落としたところ、その足に蘇武の手紙が結びつけられていて、その所在を知ったので、朝廷から匈奴に交渉してようやく帰ることができたという故事にもとづく。」
*蘇武(そぶ)=前漢の名臣。武帝に仕え、中郎将で匈奴に使して捕らわれる。抑留生活19年、節を守って降伏せず、昭帝のとき匈奴と和解が成立し、長安に帰る。※出典『広辞苑』
なお、この故事については、『平家物語』巻二の「蘇武」にドラマチックに描かれています。(^O^)