詩歌をちこち【大和三山香】

組香には和歌や漢詩がよく引用されています。
志野流香道では、組香の半数近くに和歌や漢詩が引かれているようです。

そんな和歌や漢詩の出処に興味を抱いて調べ始めたのが丁度一年前で、粗方調べ終わるのに数ヶ月を要しました。
図書館には何回か足を運びましたし、振り返れば充実した、とても楽しい時間を過ごせたように思います。

当初は、和歌については『新編国歌大観』(角川書店)で当たりをつけて、『新日本古典文学大系』(岩波書店)で[大意]を調べれば全て解るだろうと高をくくっていました。
確かに大方はそうでしたが、全てではありませんでしたね。(^O^)

和歌は複数の歌集に収められていることが少なくなく、blogでは名が知れている三代集や八代集などを優先してアップすることにしました。
その外、六家集や夫木和歌集、題林愚抄などから採った歌もあります。

意外な事に、歌集には見当らない和歌も複数ありました。
中でも【山海香】に引かれていた歌が、和歌山の民話の中にあったことは、何回か経験した組香であっただけにちょっとした驚きでした。
また、書写の過程で文字や言葉が変化したと思われる歌もいくつかありましたね。(^O^)

漢詩については『新釈漢文大系』(明治書院)や『和漢朗詠集』(講談社学術文庫)を主な拠り所としました。
こちらも、出処を調べる作業は結構面白く、楽しかった覚えがあります。

「詩歌をちこち」で取り上げた組香の数はおよそ百組。
一年間にわたってblogにアップしてきましたが、今回の【大和三山香】をもって一応の区切りとします。

【大和三山香】は、中大兄皇子(なかのおおえのおうじ)が大和三山の争そいを詠んだ万葉集の歌に想を得て、新たに創作された組香のようです。(大和三山=香具山、耳梨山、畝傍山)

【大和三山香】

◆香三種
香具山として 二包で内一包試
耳梨山として 同断
畝傍山として 一包で無試

◆聞き方
試みを聞き終えた後、本香三包を打ち交ぜて内から二包取りだし炷き出します。
[証歌]
香具山は 畝傍を惜しと 耳梨と 相争ひき 神代より かくにあるらし (『万葉集』巻一 13)

◆記録紙
・本香二炷の出の順を、証歌の「香具山」「耳梨山」「畝傍山」の右横に一、二の漢数字で記します。
・本香二炷の出に応じて、当たれば名目が与えられます。
①香具山と耳梨山…二炷とも当たれば「相争ひ」
②香具山と畝傍山…二炷とも当たれば「白たへ」
③耳梨山と畝傍山…二炷とも当たれば「くちなし」

詩歌をちこち 【大和三山香】  

|『万葉集』巻第一 13
| 中大兄近江宮御宇天皇三山歌一首
高山波 雲根火雄男志等 耳梨与 相諍競伎 神代従 如此尓有良之
古昔母 然尓有許曽 虚蝉毛 嬬乎 相格良思吉

かぐやまは うねびををしと みみなしと あひあらそひき かみよより かくにあるらし
いにしへも しかにあれこそ うつせみも つまを あらそふらしき

|『万葉集』巻第一 13
| 中大兄近江宮御宇天皇三山歌一首(ルビ略)
香具山は 畝傍を惜しと 耳梨と 相争ひき 神代より かくにあるらし
古も 然にあれこそ うつせみも 妻を 争ふらしき

〔大意〕香具山は畝傍山を取られるのが惜しいと、耳梨山と争いあった。神代から、このようであるらしい。昔もそうだったからこそ、今の世の人も、妻を奪いあって争うらしい。

〔脚注〕大和三山の「妻争い」を歌う。作者中大兄(天智天皇)と弟の大海人皇子との間にも、額田王をめぐる葛藤があったようである。この歌も男二人に女一人の妻争いで、香具山と耳梨山が畝傍山を争ったという構図であろう。原文「雄男志」の表記を重視して「雄々し」と解釈すれば、香具山は女性、同性の耳梨山と争ったことになるが、「雄男志」は「を惜し」と解釈する説に就く。

*上・出典『新編国歌大観』(角川書店)
*下・出典『新日本古典文学大系』(岩波書店)

奈良県橿原市には、万葉集にも詠われた大和三山があり、古くから歌枕として詠み込まれています。
香具(久)山、畝傍山、耳梨(成)山の三山は、地理的に見事なトライアングルの形(三角関係)をなしています。

|  耳成山139m
|    △

| △     △
|畝傍山199m 香久山152m

最も高い畝傍(うねび)山で標高199mですから高くはありませんが、平野から見れば山です。

さて、中大兄皇子(なかのおおえのおうじ)が大和三山の争いを詠んだ『万葉集』の歌の解釈です。
上記の囲いでは、脚注にあるように「雄男志 ををし」を「を惜し・を愛し」と解釈する説に就いていますが、「雄々し」と解釈する別の説もあるようです。

奈良県橿原市の「かしはら探訪ナビ」HPには、二つの訳が載っています。
全訳①
香具山は 畝傍山をいとしいとして 耳成山と相争った。 神代から こうであるに違いない。 いにしえも そうだったからこそ 今の世の人も 妻を 取りあって争うらしい。
全訳②
香具山は 畝傍山を男らしい者として 古い恋仲の耳成山と争った。 神代から こうであるらしい。 昔も そうだからこそ 現実にも 愛するものを 争うらしい。

三山の性別は、
全訳①では、香具山(男)・畝傍山(女)・耳梨山(男)
全訳②では、香具山(女)・畝傍山(男)・耳梨山(女)
ということになりそうです。

尤も、外国での同性婚が時折話題になるご時勢ですから、昔々も同様な事があったとすれば、上記以外の三角関係の可能性も考えられるところではあります。(^O^)

ついでに、名目が詠み込まれた歌を挙げておきます。

①「相争ひ」
|『万葉集』巻第一 13
| 中大兄近江宮御宇天皇三山歌一首(ルビ略)
香具山は 畝傍を惜しと 耳梨と 相争ひき 神代より かくにあるらし
〔大意〕香具山は畝傍山を取られるのが惜しいと、耳梨山と争いあった。神代から、このようであるらしい。

②「白たへ」
|『新古今和歌集』巻第三 夏歌 175
| 題しらず   持統天皇御歌
はるすぎて夏きにけらし白妙の 衣ほすてふ天のかぐ山
〔大意〕春が過ぎて夏が来たのだな。夏が来ると真白な衣を干すと聞く天の香具山に今それが見える。
※原歌『万葉集』巻第一 28

③「くちなし」
|『古今和歌集』巻第十九 雑体 1026
| 題しらず   よみ人しらず
みみなしの山のくちなしえてしかな 思ひの色のしたぞめにせむ
〔大意〕耳がないという名のあの有名な「耳成山」の、口がないという名の「くちなし」を手に入れたいものだ。そうすれば、わたしの恋の思いの「火」の色である「緋」色の下染めのように、恋の思いを心の奥にじっとしまっておこう。

*和歌出典『新日本古典文学大系』①/『新編国歌大観』(角川書店)②③
*大意出典『新日本古典文学大系』(岩波書店)

寒椿でしょうか、ぽつぽつ咲いています。