子(ね)の子餅

「子(ね)の子餅」
(「源氏物語-葵」で、光源氏と紫上の結婚第二日が亥(い)の日であったために出された「亥の子餅」にひっかけて、翌 子(ね)の日の結婚第三日に食べる「三日(みか)の餅(もちい)」のことを戯れていったもの) 亥の日の翌日に食べる餅。また、亥の子餅が翌日にまで残ったもの。

組香「源氏三習香」の香種に[揚名之介・とのゐもの袋・子のこの餅・客]とあります。
「子のこの餅」について、『日本国語大辞典』で上記の説明がなされているのを見て納得、納得。
昨日の「亥の子餅」を、当方でも今日お茶菓子として食したところです。
「亥の子餅」転じて「子の子餅」、「源氏物語」にあやかった気分で…。 (^^)

◆「源氏物語-葵」の該当部分を引用します。※出典『源氏物語 上』(桜楓社)
その夜さり、亥の子の餅(もちひ)参らせたり。かゝる御思ひの程なれば、ことことしき様(さま)にはあらで、こなたばかりに、をかしげなる檜破籠(ひわりご)などばかりを、いろいろにて参れるを見給ひて、君、南の方に出で給ひて、惟光(これみつ)を召して、「この餅、かう數々に所せき様にはあらで、明日の暮れに参らせよ。今日(けふ)は忌々(いまいま)しき日なりけり」と、打ちほゝ笑みて宣(のたま)ふ御気色(けしき)を心疾(と)きものにて、ふと思ひ寄りぬ。惟光たしかにも承(うけたまは)らで、「げに愛敬の初(はじめ)は、日擇(えり)して聞召(きこしめ)すべき事にこそ。扨(さて)も子(ね)のこは幾つか仕(つか)うまつらすべう侍らん」と、まめだちて申せば、「三つが一(ひと)つにてもあらんかし」と宣ふに、心得はてて立ちぬ。物慣(ものなれ)の様やと、君は思(おぼ)す。人にも言はで、手づからといふばかり。里にてぞ作りゐたりける。

◆「源氏物語-葵」の該当部分の現代語訳です。※出典『源氏物語 現代語訳 二』(桜楓社)
今日は初亥なので、その晩方、亥の子の餅を御前に差上げた。かうした御喪中なので、大袈裟に儀式ばることはしないで、こちらの姫君のお部屋へだけ、洒落た折詰などに入れる程度にして、いろいろ趣向を凝らして持参したのをご覧になって、源氏は西の対の南側にお出になって、惟光をお呼びになり、「この餅をだな、こんなにたくさん溢れるやうに盛らないで、明日の夕方姫君にお供へ申すやうにしてくれ。それも今日は日柄がよくないんだからな」と、にこにこしながらおっしゃるお顔つきに、惟光は察しのいい男なので、ひょっと気がついた。それでおことばをすっかり承りきらないで、「仰せのやうに、おめでたのお祝ひ物は、吉日を選んで召上るのがおよろしうございまして。ところで、子(ね)の子の餅は、いくつ御用意申しあげましたものでございませうか」と、まじめくさった顔をしてお伺ひ申しあげると、「これの三分の一ぐらゐだらうかな」とおっしゃるおことばに、すっかり吞みこんで立ち去った。源氏は、物慣れた男だなと感心していらっしゃる。誰にも話さないで、殆ど手作りといってもいいくらゐ、惟光は自分の実家で作ってゐたのだった。

ふゆいちご【冬苺】が公園内で紅く熟しています。(食べられるそうですが…)