源氏四町香

今日は月末31日、明日から早や長月です。
先週の23日(日)は二十四節気の「処暑」でした。
天明七年の『暦便覧』には「陽気とどまりて初めてしりぞきやまんとすればなり」とあります。

処暑(暑さがおさまる!)を過ぎたというのに依然として暑い暑いの毎日で、エアコン無しではとても過ごせそうにありません。
熱中症とまではいかないものの、猛暑猛暑に投稿の気力も衰え、気付けば8月も終わりとなってから、慌てて8月のページに足跡を残すことになった次第です。

以前から、志野流香道目録にある組香「源氏京極四町香」の「四町」の読みがちょっぴり気になっていました。
読み方としては、よんちょう、よちょう、よまち、しまち、しちょう等がありそうです。
この夏、たまたま手に取った香書『香道蘭之園』翻刻版に「源氏四町香」があり、四町にはわざわざ(よまち)とルビが付してありました。
底本は宮内庁書陵部の御所本とあったので、「香道蘭之園」でネット検索したところ、宮内庁書陵部の「香道蘭之園」書写本があり、其の四に「源氏四町香」が載っていました。
そこには(よまち)のルビは付してありませんでしたが別の書写本にはあった可能性があり、また他の書物にも(よまち)のルビが付してあることから、「源氏四町香」の四町の読みはどうやら(よまち)のようです。

「源氏四町香」は源氏物語の六条院を舞台にした組香で、概ね以下のようです。
香種は紫上、女三宮、花散里、明石上、源氏の五種。
試香は紫上、女三宮、花散里、明石上の四種、そして本香は紫上、女三宮、花散里、明石上の各三包に源氏の無試一包で計十三包。
試みを終えた後、出香十三包を打ち交ぜて炷き出すというものです。
「源氏四町香」は古くからある組香のようで、志野流では「源氏京極四町香」の名称でありますが、香の組み方は同じです。(点数の数え方には違いがあるようです)

六条院については、今年2026.2.3の記事「節分豆まき」の中で紹介しています。
邸宅の一辺が約252m四方であるという根拠を理解できた思い出に残る記事でした。

あらためて該当部分を再掲します。
記事は、朝日新聞「天声人語」で『北越雪譜』(鈴木牧之)を引用した文の中に「一丈」があったことから、六条院の一辺の長さについて記したものです。

<前略>
アンテナに引っかかったのは「一丈」の文字。
一丈は10尺、一尺を約30cm(30.3㎝)として、一丈(10尺)は約3mです。
実は、以前から気になっているのが『源氏物語』に出てくる架空の建物・六条院の大きさで、サイトなどを見ると、どれもこれも一辺約252mとなっています。
恐らく、信頼できる資料に記してあった数値がそのままサイト等で使われていると推測していますが、約252mが何丈なのか、どこから出てきた数字なのか、典拠の部分でちょっとしたモヤモヤ感が残っていました。

源氏物語の六条院は四町(春・夏・秋・冬の町)なので、一町の四倍の大きさとなります。


※上図出典『源氏物語 六條院の生活』(光琳社)

一町については「平城京、および平安京における長さおよび面積の単位。四百尺および四百尺平方。」と『日本国語大辞典』にはあります。
一町(一辺400尺=40丈四方)は一辺約120m四方となり、四町は単純計算では一辺約240m四方ということになります。
では、一辺252mとの差12mは何なのかということになりますが、平安京の大路・小路の道幅が小路では4丈=約12mであることから、小路の道幅分をも邸内に取り込んでいるので、六条院の大きさは一辺が約252m(120m+12m+120m)ということになるようです。(メデタシ・メデタシ!)

六条院で思い出すのは、六条院を舞台にした組香「四節香」・「源氏京極四町香」、そして「小蝶香」・「乙女香」あたりでしょうか。
|春の町:源氏、紫上、後に女三宮
|夏の町:花散里、玉鬘
|秋の町:秋好中宮
|冬の町:明石上

四節香(三十組18)香種[初桜、橘、有明、峰雪、外香(紫上・花散里・秋好中宮・明石上・源氏)]
源氏京極四町香(四十組26)香種[紫上、女三宮、花散里、明石、源氏]
小蝶香(五十組4)香種[一、二、紫上、秋好中宮]
乙女香(四十組27)香種[一、二、三、客]&名目(紫上・花散里・源氏・中宮など)
<以下後略>

我ながら、随分と時が経ったように感じています。
と、ここまで記したものの、志野流組香目録にある「源氏京極四町香」の読みは、矢張り宗家にお尋ねするしかありません…。 (^^)

公園ではツクツクボウシが盛んに鳴き、ススキの根元にナンバンギセルが顔を出しています。
ゆっくりとまことにささやかながら、秋の気配が感じられる時季になりました…。