三種香の名目は

香木店の「聞香体験」などで良く行われている、簡単な組香の一つに「三種香」があります。

◆香は三種
一として 三包に認め無試
二として 同断
三として 同断

◆聞き方、答え方
各香三包の計九包を打ち交ぜ、その内から三包をとり、それらの香の異同を聞きます。
同香、別香を聞き分けて、下のような<香の図>と<名目>で答えます。
考えられる組合せは、五通りです。

三種香

三つとも別香と聞けば、三本の縦線 ||| を描き、下に「緑樹の林」と書きます。
一番目と二番目の香が同じで、三番目の香が違うと聞けば、一番目と二番目の縦線に横につり線を描き、下に「隣家の梅」と書きます。
以下同様ですが、三つとも同香と聞けば、三本の縦線を横につないで、下に「尾花の露」と書くと云った具合です。

さて、これらの名目「緑樹の林」「隣家の梅」「孤峯の雪」「琴の音」「尾花の露」は、一体どこから採られたのでしょうか。

「三種香」は季節を問わず行なわれる組香となっていますが、それぞれの名目を季節に当てはめてみますと、次のようになります。
「隣家の梅」…春
「緑樹の林」…夏
「尾花の露」…秋
「孤峯の雪」…冬
「琴の音」 …無季

キーワードは無季の「琴の音」にあると考えられ、琴に関連して四季が表されていることになりそうです。

これらの名目の出典については、以前、某所で尋ねたことがありますが、公的には「不明」ということでした。
五つの名目がそのまま出てくる出典はないことから、「不明」との答えは致し方ありません。
尤も、一部の出版物には、さらりと、実にさらりと出典は『宇津保物語』と記してあります。

個人的な興味から、『宇津保物語』の索引をかって図書館で調べたことがあります。
『うつほ物語大事典』(勉誠出版)、『宇津保物語本文と索引』(笠間書院)などです。
ネット上には、単語を入力すれば、その単語が入っている本文の行がすべて表記されるという、超便利なサイトがあります。
◆うつほ物語(新編日本古典文学全集)語彙検索 → http://www.genji.co.jp/utsuho-srch.php

『三種香』の五つの名目のうち、そのまま出てくるのは「琴の音」のみです。
その他の名目は、梅・林・尾花・雪などの断片的な単語で検索できますが、それなりのシチュエーションで記されているものもあるようです。

『三種香』の名目の出典は『宇津保物語』と100%断定はできませんが、頷けるだけの「モノ」はあるような気がします。

ところで、肝心の『宇津保物語』の内容ですが、京都大学電子図書館のHPでは、次のように記されています。

宇津保物語は、平安時代に作られた伝奇物語です。長編の物語作品としては日本初になります。作者・成立年とも不明ですが、『源氏物語』や『枕草子』の中でその一部が紹介されており、それ以前には存在していたと考えられます。
  この物語では、琴の音楽のすばらしさが中心に描かれています。清原俊蔭は、難破・流浪の末、琴の名器や秘曲を天人・仙人から授けられ、その才能がすばらしいことから、仏にたたえられて子孫繁栄を約束されます。彼の名琴・秘曲は孫の仲忠や曾孫の犬宮へ伝承されていきます。その過程で、仲忠とその母が貧しさから北山の木のほら穴(うつほ)の中で生活したり、貴宮をめぐる恋物語、政治的に成功していく物語など、ストーリーはドラマチックに展開していくのです。
この宇津保物語に登場するさまざまな場面・エピソードなどが、のちの『源氏物語』にも大きく影響し、受け継がれています