水・雲・月・嶺

月が替わり今日から11月、新暦の「霜月」となりました。
尤も、旧暦ではまだ九月の二十七日です…。

今日のタイトルを見て「四時(しいじ)の歌」を思い浮かべる人は多いと思います。

『四時歌』
春水満四澤  春水(しゅんすい)四澤(したく)に満ち
夏雲多奇峰  夏雲(かうん)奇峰(きほう)多し
秋月揚明輝  秋月(しゅうげつ)明輝(めいき)を揚(あ)げ
冬嶺秀孤松  冬嶺(とうれい)孤松(こしょう)秀(ひい)づ

〔通釈〕春は水が四方の沢地に満ち満ち、夏は入道雲がすばらしい峰を形づくる。秋の月は明るく輝いて中天にかかり、冬枯れの嶺には、松の秀でた姿が目立つ。 <出典『石川忠久・中西進の漢詩歓談』(大修館)>

※詩は陶淵明(とうえんめい)(365~427)の作と云われていますが、同じ東晋の画家・顧愷之(こがいし)(345?~406)の作とする説が大勢で、ワイド版岩波文庫『陶淵明全集 上・下』にも、この詩は収められていません。
※名古屋市の「揚輝荘」の名は、この漢詩から引かれたといわれています。
※何れの句も禅語の茶掛けとして用いられており、茶会などでおめにかかっています。

季節を代表する風物は、春は水、夏は雲、秋は月、冬は嶺と詠っているようです。

「四季」で楽しむ組香⑧ 【四季香】

◆香五種
水として  三包で内一包試
雲として  同断
月として  同断
嶺として  同断
中央として 一包で無試(客香)

◆聞き方など
試みの香を終え、水・雲・月・嶺の各二包計八包を打ち交ぜて内より四包取り、是に「中央」の香一包を加え五包にして炷き出します。
試みに合わせ記紙に答えを書きます。
答えを記録紙に写した後、後出香として最初に除いた四包の内より二包取って炷き出します。
記紙に答えを書きます。

当りの点数は客香や人数などによって異なっていますが、ともあれ採点終了後、「水」「雲」の合計点と「月」「嶺」の合計点を比較し、前者が多ければ春の歌一首、後者が多ければ秋の歌一首を記の奥に記します。(春の水・夏の雲は春に、秋の月・冬の嶺は秋に括った上での春秋勝負のようです…)

<春勝ちの時>
秋ならは月待つことのうからまし さくらに暮らす春の山里
<秋勝ちの時>
花も見つ紅葉をも見つ虫の音も こえこえおほく秋はまされり
<春秋持の時>
春秋におもひみたれてわきかねつ ときにつけつつうつる心は

◆記録(春勝ちの時)
| 月 中央 水  月 嶺 雲 水
名 月 中央 水  月 嶺 雲 水  全
名 嶺 雲  中央 嶺 月 水 雲
秋ならは月待つことのうからましさくらに暮らす春の山里

◆メモ・余談
※先出香五包、後出香二包の計七包の普通の聞き方であれば、煩わしさを感ずることも無く遊べそうな気がします。しかし、記録紙への中途書き写し、後出香の後の採点時の手間、更に春秋勝負の点数計算と、なんだか妙に煩わしさを感ずるような手の込んだ組香となっているようです。そのためでしょうか、未だ経験したことがない組香です。

※四季を象徴する風物として、春は水、夏は雲、秋は月、冬は嶺となっていますが、中央が意味するところは「土用」と考えています。五行説[木・火・土・金・水]を季節に当てはめると[春・夏・土用・秋・冬]となり、四季の移り変わりは「土用」を経て移ろうことになり、例えば春→土用→夏→土用→秋→…というように、図で表すと土用は中央に位置します。

|   冬
|   ⇅
|秋⇆ 土用 ⇆春
|   ⇅
|   夏

五行

※歌の出処を探してみました…。(^^)
①『六百番歌合』春部129
|五番  左勝  女房
あきならば月まつことのうからまし さくらにくらす春の山ざと
〔大意〕秋の山里ならば月の出が遅くなるから、待ち遠しくて憂くつらいであろう。春の山里は桜を見て一日を暮らすのでつらくないよ。
※女房/後京極摂政=藤原良経(ふじわらのよしつね)

②『宰相中将伊尹君達春秋歌合』歌人4
|女御の春の御心よせ深かなりとて、秋の御方より紅葉・花・虫などをものに入れて、
花も咲く紅葉ももみづ虫の音も こゑごゑおほく秋はまされり
※もみづ【紅葉づ・黄葉づ】秋になって、草木の葉が赤や黄に美しく色づく。<出典『旺文社古語辞典』>
※伊尹=藤原伊尹(ふじわらのこれまさ・これただ)=謙徳公

③『拾遺和歌集』巻第九雑下509
|あるところに春秋いづれかまさるととはせ給ひけるに、よみてたてまつりける  紀貫之
春秋に思ひみだれてわきかねつ 時につけつつうつる心は
〔大意〕春と秋とのどちらがすぐれているのか、春秋の両方にひかれて思い迷い、判断しかねている、時節に応じて、移り変る私の心は。

*和歌出典『新編国歌大観』(角川書店)①③/『平安朝歌合大成』第二巻(萩谷朴)②
*大意出典『新日本古典文学大系』(岩波書店)①③

公園のフユノハナワラビ【冬の花蕨】がもうこんなに出ています。